春の深夜散歩

 

仕事から帰ってきて、部屋のデジタル時計を見ると21:00と表示されていた。

 

一人暮らしを始めて針時計を買おう買おうとずっと思っていたが、結局買わずに7年が経過した。

自分が体たらくなのは自覚しているが、針時計を買わない理由として、針時計はチクタクと秒針を刻み続けていて、且つその音が聞こえてきて時の経過をリアルに感じられるのが少し怖い。という理由がある。ということにしてほしい。 

 

21:05の表示を確認したところで、いつものように米をとぎ、炊飯器のスイッチを押して料理に取り掛かる。調味料が置いてある棚に不安定にiPhoneをセットしてYouTubeを観ながら料理をする。これがいつもの僕の料理スタイルだ。

かっこよく説明してるけれど、これで何回も洗い場にiPhoneを落としている。

聞こえない秒針のリズムに合わせて料理をしてささっと食事を済ませた。今日はiPhoneを落とさなかった。

 

もう時刻は23:00になっていた。

そろそろ深夜散歩に行こう。

食器の洗い物は後回しにして、軽くパーカーを羽織ってエアマックスを履いて玄関から出た。

 

やっぱり。やっぱりもうパーカー一枚でも夜を過ごせる。

 

そう確信した僕は駆けるようにマンションの階段を下った。

しかし、なにか足に違和感を覚え、下に目をやるとエアマックスの靴紐が解けている。

そう、このエアマックスは買った当初から靴紐が緩いのだ。ぎゅうぎゅうに縛っても時間が経つと解けてしまう。もはやエアマックス狩りウェルカム状態である。やめてください。

次こそは解けないようにと結び方は変えずに念を込めて靴紐をぎゅっと結んで、深夜散歩をスタートさせる。

 

 

深夜散歩をしているといつも思う。

マンションの一室一室に人が生活してるの凄いな。だって一つの建物に何百人もの人たちが住んでる。全員の顔も境遇も何も知らない。さらにみんな揃いも揃って同じ住所だ。凄いよ。

運送会社の人は全人類同じ建物に住めばいいのに。と、日々思っていることだろう。

 

 

親指と人差し指で丸を作って灯りがついた一室を囲ってみる。直径は約3センチ。

この直径3センチの丸の灯りの中に、もしかしたら子供が寝息を立てるのを聞いて微笑む夫婦がいるのかもしれない。

「ちょっと丸くなった?」とムカつくけど気になる男友達にからかわれて見返そうとせっせと筋トレに励む女子大生がいるのかもしれない。

はたまた灯りが点いていない一室にはまだ会社にいて明日の資料を血眼で作っているサラリーマンが住んでいるのかもしれない。

明日に絶望しているOLがひそひそと泣いているのかもしれない。

 

 

そう考えると無機質な建物がとても愛おしく思える。

同じ時間に僕は深夜散歩をして同じ時間にOLは絶望している。

「OL」「絶望」という組み合わせは僕が好きなだけだから何度でも使う。

 

秒針の音が聞こえても、聞こえなくても時間は同じように過ぎていて、日付は変わっていく。

みなどのように今日を終え、明日を迎えるんだろう。

 

そんな考えに耽っていたら、桜が咲いている公園に着いた。

道路には花びらが絨毯のように一面に散らばり、桜の木は散り際に最後の力を振り絞って魅せようとしている。

笑い声が聞こえる。花見客だろうか。

平日の夜に有名桜スポットではない公園で花見をする。

 

プロだ。花見のプロだ。休日に井之頭公園や代々木公園で花見をする人たちをせせら笑っている。あれは花見じゃなくて人見だ!と。そうですよね、僕もそう思います。焼酎ロックで大丈夫でしたか?

 

 

一通り公園をぐるっと周り、ある程度花見を楽しんで、やることがなくなって街灯のおかげでキラキラと光る池の水面を眺めていたら急に冷えてきた。

iPhoneを手に取り時刻を確認すると、もう0:00を回っていた。

 

帰らないと。

家までは15分ほどの道のりだ。帰って風呂入って深夜散歩のことを書いて明日のために寝よう。

と、帰ろうとすると足に馴染みのある違和感があった。その前にエアマックスの靴紐を結ばないと。念だけじゃダメだった。

 

公園をあとにして、別の道順で帰路につくことにした。

しばらく歩くと、また桜の木がお出迎えをしてくれた。もう見飽きているかと思いきや、この桜の木の場所は、この時間は丸い月が絶妙な配置で横に並んで、幻想的に目に映った。風光明媚という言葉がぴったりだった。

写真で収めるものでもないと思い、目に焼き付けていたら、向かいから中年のサラリーマンが歩いてくる。中年のサラリーマンもこの場所に立ち止まり、一瞬目を奪われる。

 

僕はおじさんと時を景色を共有したのだ。

 

まさかおじさんフィナーレを迎えるとは想像しなかったが、これも深夜散歩の一興である。

兎にも角にも、こんなに遅い時間までおつかれさま。残業なのか飲み会でこの時間まで帰宅していないのか、どこで働いていて、どこの誰かもわからないが、どこかの灯りの点いた家に帰るのだろう。待ってくれている人の元へ帰るのだろう。灯りの点いてない家に帰るのだったらそれはまた別の話。 

 

後ろ姿を見送って、桜と月とおじさんを背に、僕はまた靴紐を結び直した。

 

Suchmosは優しい

 今、飛ぶ鳥を落として炭火で丸焼きにしてガツガツ漢らしく食す勢いのバンド、「Suchmos」をご存知でしょうか?

 

 ご存知ではない方に説明すると、終電で渋谷に繰り出す若者は九分九厘Suchmosを聴いてますadidas着て七三分けにしてる若者は九分九厘Suchmosを意識してます。東京で金曜日の夜に行き交う人々に「〜するやつもう Good night」と言い回り、手当たり次第寝させようとしてくる奴がいたらそれはSuchmosです。捕まえてください。

 

 こうして、いつの間にか若者のニューアイコンとなったSuchmosですが、なぜこんなにも人々の心を魅了するのでしょうか?

 音楽的な才能やセンス、カリスマ性は勿論のこと、ライブで観たり、ラジオを聴いたりしていると、人間として根本的に惹かれる部分があり、その中でSuchmosは本当の意味での「格好良さ」や「優しさ」を持ち合わせているのだ と僕は感じました。

 

 ということで、今日はそんな魅力に満ち溢れたSuchmosを僕の独断と偏見と妄想で紹介していきます。

 今宵、みんなが Stay tune in 超超Friday暇Night なことは残念ながら知っています。なので、退屈な金曜日の夜に青い鳥のさえずりを聞いてる暇があるならさっさとその鳥を落として、ここの“A.G.I.T”で楽しもうぜ、なぁ…兄弟…?(訳:Twitterやめろ)

 

 本題に行きます。Twitterやめろ

 

 

 

 

  • Suchmosは遠足でお弁当を忘れたクラスメイトにからあげをくれる。

 

 幼き頃、お弁当の中のおかずは全てお母さんの手作りだと信じて疑わなかったですよね。誰が8割は冷凍食品だと想像したでしょうか。冷凍食品は美味しい。

 その中でも、お弁当に入っていたら嬉しいおかず第1位の「からあげ」を何の迷いもなくくれます。世が世ならからあげ一つで殺し合いになり、ガンジーもからあげの為なら助走つけてグーパンチしてきます。そんな平和の象徴である「からあげ」をくれます。優しいね。

 

 

  • Suchmosは優先順位が一番に家族、二番に友達、三番に彼女である。

 

 巷にいる「なんでこの男はこんなにモテるんだろう?」ってのはほとんど無意識にこの方程式で生きています。多分そうです。多分絶対そうです。

 彼女に「会いたい」と言われても父親との洗車を優先する。彼女が「助けて」と救いを求めても母親が初めて作ったスイーツの毒味を優先する。脳内に恋愛の要素が1割しかなく、残り9割はChill*1することが人生なのです。

「友達は一生、恋人は一瞬」と豪語をし、「愛とはなんだ?」と問えば、「Thunder(雷)じゃね?と、鼻をほじりながら答えてくれます。こんな生き様を見せられたら毎日Suchmosのために終電で渋谷に繰り出しちゃうよね。ハァ…好き。

 

 

  •  Suchmosは「場面」を大切にする。

 

 みんなで集まってゲーム。男の遊びの醍醐味です。その時に、Suchmosはトリッキーなキャラクターは使いません。

  例えば、64のスマブラだったらシンプルイズベストを信じているからこそファルコンを使います。「ファルコンパンチ、ファルコンキック!」見事に何のひねりもない技名です。間違っても「PKファイヤ!PKファイヤ!」と安全圏から火を放つ狡猾なネスは使いません。いつでも真っ向勝負です。

 もちろん、負けても笑って許す心を持ち合わせていて、負けたからといってドンキーで道連れを引くほどし続けて場のムードを険悪にしません。ゲームはその人の本性が出ると言っても過言ではなく、下手したら友達を失う可能性があることを理解しているため、Suchmosは「場面」を大切にします。

 

…ちなみに僕はネスを使うしドンキーの道連れも引くほどするのでSuchmosに「ネスを使うやつ もうgood night…」と言われます。どこまでも優しいよね。このまま抱いて…

 

 

 

 Suchmosはレモンサワーを一気飲みとかさせません。レモンサワーを一夜で2500杯飲んだとか自慢をしません。ましてや1分間で何回腕立てが出来るかなどの刑務所のいじめみたいなことはしません。…うわ、何をする離せ、やだ!なんか黒っ!!!!!黒い!!!!!!黒い集団がランニングマンしながら襲っ…

 

 

 

 ーーお酒の席では、みんな楽しく飲んで歌って踊ればいいという価値観で、まるで海賊のような器を持っています。さらに、あまり飲めない人や、酔った人に気を遣い、「調子はどうだい兄弟…徘徊しないかい?と酔い覚ましに連れ出してくれます。

 その飾らない格好良さと優しさに、涙が出るね。本当にありがとうね、Suchmos。

 

 

 

 

 以上です。如何でしたでしょうか?

 

 書いてる途中、Suchmosの優しさに不意に涙がポロポロと溢れてきました。と、同時になぜこんなにもSuchmosに惹かれるのか、その深層を蛇足ですが考えてみました。 

 冒頭に書いたように、Suchmosは「格好良い」というのは前提の感情としてあります。

 しかし、憧れや羨望というより、Suchmosに対して感じるのは、

 

 

「Suchmosの子供に産まれたい」

 

 

 ということです。

 理由は多く語りません。考えるな、感じろ。

 

 こう、なんていうか産まれたくないですか?Chill確人生歩みたくないですか?

「何もなくても歩けさえすればいい、何もなくても笑えていればいい。」

 この価値観のもとなら、きっと人生も楽しく生きられるはずです。来世はよ。 

 

 レペゼンは茅ヶ崎、潮風に吹かれて、Suchmosに囲まれて、ただただ、その環境で育ちたい。 Suchmosの恵みを受けて、すくすくと。

 

 

*1:※くつろぐ、遊ぶ、まったりする

はじめまして?

はてなブログを始めます。


2017年は「試す年」にしようと思い、ブログを始めることにしました。

Twitterの140文字には収めきれない“想い”をここで書きます。多分月2ペースくらいで書いていくので、皆さま、何卒…何卒…。




とりあえずブログのやり方を忘れたので、今回はこの前撮った写真を添付して終わることにします。



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新年早々お湯に浸かりました。このブログの願望クリアかよ